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FACE:聴覚認知科学と脳科学から生まれた「ブレインヒアリング」という考え方はオーティコンの補聴器開発の原点です。

 補聴器のルーツは今から200 年ほど前の1800 年頃。当初は何とトランペットみたいなものを耳につけて音を増幅させていました。その後アナログ補聴器が登場し小型化が進み、1990 年代後半になるとIC チップを搭載したデジタル補聴器が主流化。これにより補聴に必要な複雑な音の処理が可能になりました。補聴器の技術進化の一方、脳科学もまた飛躍的な進展を遂げ、脳内で音がどう伝わり理解されているのかを解明する「聴覚認知科学」も発達したのです。耳から入った音は聴覚情報として大脳に届いて初めて音が認知されます。私たちは脳で音を聞いているのです。難聴者の方々の脳にどのような音情報を届ければ理解しやすく快適で疲れにくくなるのか――弊社のエリクスホルム研究 センター(デンマーク)での長期にわたる聴覚認知や脳研究の結果、誕生したのが「ブレイン(脳)ヒアリング」という考え方です。音の増幅を主とした従来の考え方が「イヤー(耳)ヒアリング」なら、脳を最重視するのが「ブレインヒアリング」であり、オーティコンの補聴器開発の原点になっています。

田中智英巳 米国言語聴覚士協会(ASHA)認定オーディオロジスト

田中智英巳
米国言語聴覚士協会(ASHA)認定オーディオロジスト、ハワイ大学マノア校 Adjunct Assistant Professor、静岡県立総合病院客員研究員。米国の大学、研究機関、病院での勤務経験をもち、国際学会での発表論文多数。休日はアクセサリー作りと縄文遺跡めぐりを楽しむ。

 私が所属する「アドバンスト・オーディオロジー・センター」にはオーディオロジー(聴覚学)に詳しいスタッフが集まり、難聴と補聴器装用や認知機能との関係、精密聴覚検査などに関する教育・研究支援や国内での最新情報の紹介を行っています。更にデンマーク本社の技術者・専門家とも連携し海外知見の最新情報を発信しています。オーディオロジーという言葉はまだ日本では一般的に知られておらず、「オーディオ」という言葉の印象からか、よく「音楽関係の仕事ですか︖」と聞かれてしまいます(笑)。より多くの方にオーディオロジーを知っていただき、難聴とともに暮らす方々への理解がよりいっそう深まるように活動して参ります。

 

LIFE:補聴器を受け入れられなかった私が補聴器専門店のスタッフに。私だからできることを見つけました。

補聴器販売店での勤務の模様

聞こえをケアする前はあまり話さず、滑舌も悪かったが、今では快活によく話し、よく笑い、笑わせる。自分でも本来の自分を取り戻したみたいだと思うそう。

 20 代半ばで難聴を発症。自分自身では気づかず、家族から指摘されました。でも、聞こえていないという事実を認めたくない気持ちから、しんどさを紛らわせようと無理をして休まずがんばっていました。その結果、寝不足やストレスが重なり、難聴を悪化させてしまったのです。3 年ほど経ってやっと受診した耳鼻科で先生から受けた補聴器の提案。当時はまだ「補聴器はお年寄りのもの」というイメージしかなかった私にはとても受け入れられませんでした。難聴は治せない。でも補聴器は使いたくない。だったらどうすれば…自分の中で葛藤し、何度も泣きました。
そんなとき、当時まだ1歳くらいだった長女がけがをして大声で泣いていたのに、気づいてあげられなかったのです。ショックで自分を責めました。結局、私は現実から逃げているだけじゃないかと思い直し、初めて補聴器専門店に行ったのです。そこで手にした補聴器は想像していたものよりも小さくて目立たず、色も好み。使い始めると、周囲の環境音にも気づけるようになって嬉しかったですね。

 その後も補聴器専門店での調整が続きました。私が何に困っているのかを引き出し、助言し、細かく調整する――聞こえだけでなく、心のフォローもしてくれた当時の販売員さんが「あなたは補聴器を使い始めてから、別人のように前向きで、表情も明るくなった。よかったらここで働いてみませんか」と誘ってくれました。正直、悩みました。補聴器販売という仕事を選べば、難聴であることをずっと認め続けなければなりません。私の心は耐えられるだろうか…と心配でした。でも、聞こえを気にして他人と目を合わせることもできなかった、そんな私だからこそ同じ難聴に悩む方に向き合い、寄り添えるのではないかと考えて働き始めました。

愛車との写真

趣味はドライブ。以前は走行中も音楽はかけず、後方座席の人の話も聞こえないので、一人でひたすら愛車を走らせていた。現在は車内用に調整したプログラムに切り替え、補聴器で音楽もおしゃべりも楽しみながらのドライブができる。

 スタッフとしてお会いするお客様の言動は、かつての自分そのもののようです。「ここに来るだけでも勇気を使い果たした」なんて言われるともう、いくらでもお話を聞いてあげたい気持ちになります。
34 歳になった今、難聴という自分自身の問題に向き合うことも不思議と辛くなくなりました。逃げたいと思わなくなったのかな。最近は、お客様から聞こえの悩みを相談していただけることがとても嬉しいです。  (2020 年4 月取材)

 

SCENE:イメージしにくい「聞こえ」のことをわかりやすくお話しています。

トレーナー 川田夏希

 私は社内の新人研修や補聴器販売店、医療・教育機関の方への製品についての研修のほか、一般の方向けのセミナーも担当しています。「聞こえ」は目には見えないのでイメージしにくいのですが、なるべくわかりやすく視覚的に説明するよう工夫しています。耳から入った音は脳で理解されるので、聞こえは脳が深く関係しているということ、難聴は認知機能低下の危険因子とする研究結果も多く、聴覚ケアが重要であることを、認知症予防運動「コグニサイズ*」を取り入れながらご紹介しています。聞こえに関心のなかった一般の方からも「聴覚ケアの重要性がよくわかった」「聞こえのチェックをしてみたいと思った」という言葉をいただき、やりがいを感じています。
補聴器に興味をもったのは、聴覚・言語障害児教育を専攻した大学時代。オーティコンに入社したのは「ブレインヒアリング」という考え方にとことんこだわる姿勢に惹かれたからです。補聴器メーカーで働く言語聴覚士はまだ少数派ですが、さまざまな分野の方との出会いを通じて幅広い視点で聴覚ケアに関わることができ、毎日が充実しています。
*国立長寿医療研究センターで開発された認知症予防のための運動

 

川柳コーナー 優秀作品

 

川柳コーナー 佳作作品

 

笑顔を届けたい!「S様のこと」

 補聴器販売店店長のご依頼で、当時のオーティコン新製品を携えお店に伺ったところ、S様が息子さんご夫婦に伴われてお見えになりました。S様は全くしゃべらず、うつむいたまま。聴力は思わしくなく、ご家族とも会話がほとんど成り立たない状態でした。補聴器を調整して再度聴力測定をさせていただくと、S様の表情が一変。顔を上げ、笑顔で嬉しそうに答えるS様の姿を見て、息子さんご夫婦は喜びの涙…。後日、S様は「家族や友人ともっと話したい」と追加でもう片方も購入され、両耳装用されているそうです。難聴の方だけでなくご家族も幸せにするこの仕事を、誇らしく思った出来事でした。

(営業本部西日本エリア・諸岡大輔)