相手の声に耳を傾ける、会話についていく、これらは日常生活にかかせません。非常にうるさい場所、または難聴があるなどして会話の内容が聞き取りにくいことはコミュニケーション力に悪影響を与えます。
日常生活で「相手の声が周りの騒音とかさなってよく聞こえない」、「聞きたい声に他の人の声が重なる(時に複数の人の声が同時に!)」、「耳を傾けたのとは別の方向や少し遠くからの声が、聞きたい声を掻き消してしまう」これらはすべて良くある状況です。声は、部屋の音響といった物理的な環境の影響を受けています。
聴覚ケアの専門家のもとには、聞こえに悩む人々から「音が響く、または残響がある環境での聞き取りが難しい」との訴えがひんぱんに寄せられます。弊社エリクスホルム研究センターにも、この声は届いており、研究者たちは、難聴者にとって音の反響は健聴者と比べて有害な影響があるのではないかとの仮説を立て、同研究センターの監修のもとデンマーク工業大学の大学院の研究プロジェクト*1としてこの問題を調査しました。この調査では2つの実験を行ないました。
最初の実験
最初の実験では、語音聴取閾値(SRT)を計測しました
「文章理解」に関するテストは、デンマーク語版の「騒音がある環境下での聞き取りテスト(Hearing In the Noise Test =HINT)」*2を利用しました。HINTとは、騒音がある中での被験者の言葉の理解力を測るものです。実験では環境騒音として2つのノイズを使用しました。
1つ目のノイズは朗読を行なう人の声、2つ目は人の声を模した人工的なノイズ(IRCAノイズ)です。 テスト中、被験者は、正面のスピーカーから読み上げられる文章の内容を繰り返すように指示されました。被験者はそれぞれ20個の読み上げられた文章を繰り返し、正解率を測りました。実験は、片耳と両耳での聞き取りについて行われました。
SRTテストでは、回答者の正答率が50%の時の音圧(SN比率)が語音聴取の閾値(しきいち)となります。語音聴取閾値が高くなると、被験者のテスト正答率は低下していきます。(テスト文章の音圧をより大きくしないと50%正答することができない)
図左:実験室での聞こえの環境:テストのための音声(Target:ターゲット)は正面のラウドスピーカーから、また正面からの音と競合する騒音(Noise:ノイズ)は被験者のそれぞれ±45度の位置に設置されたラウドスピーカーから流されます。残響室における被験者とスピーカーの距離は2.7mであり臨界距離を超えた距離。
片耳と両耳との場合での聞き取り比較では?
片耳と両耳との場合での聞き取り比較では、健聴者、被験者、双方の被験者グループで無響室、残響室のいずれの環境でも両耳の聞き取りが、片耳に比較してスコアが高いという結果になりました。両耳の聞きとりでは、特に朗読の声をノイズとした際に、優位な結果となりました。 これは人の持つ二つの競合する音源(正面から繰り返されるターゲットとなる声と朗読の声によるノイズ)を聞き分け、ターゲットとなる正面からの声に集中しようする聞き取りのメカニズムに起因するといえます。二つの競合する音の空間的な位置を判断できるのは両耳で音を捉えたときのみだからです。
最初の実験からの、2つの主要な考察点とは
- 無響室に比較して残響室ではテスト文章の音圧を約4dB大きくしないと(SRTが約4dB高い状態)50%の正答が得られないという結果になりました。健聴者、難聴者のグループでともに聞き取りのパフォーマンス低下がみられました。
- 難聴者グループと健聴者グループでの比較では、健聴者グループは、テスト文章の音圧が7dB小さい場合(SRTは7dB低い状態)でも50%正答できるという結果となりました 。
健聴者、難聴者を問わず、反響や残響は聞き取りに悪影響を与えることを示唆
この実験では、「難聴者は、健聴者より反響音や残響音からの(聞き取りに対する)悪影響が高いのでは」とする仮説と異なり、反響音は難聴、健聴を問わず、等しく聞き取りに悪影響を与えることを示唆するものでした。
一方で正確な考察にあたっては、当該実験のSN比率について、難聴者グループと健聴者グループではそれぞれSN比が非常に異なる環境下で実験が行われたことへの留意が必要です。これは難聴者のグループでのSRTは約3dB(難しいが一般的な聴取環境)、一方で健聴者のグループでのSRTは-4dB(非常に聞き取りが難しくかつ一般的でない聴取環境*3)でそれぞれ実験が行われました。
2つ目の実験
反響が聞こえにどのように影響するのかをより詳しくみる
難しい環境での聞き取りに関連した最初の実験で得られた発見を有効であるとして、2つ目の実験では健聴、難聴の被験者グループ双方に対し、残響が聞こえにどのように影響するのかをより詳しくみるために「サ」や「ザ」に代表される、より細かい、子音の音声単位の聞き取りに関する実験を行いました。
健聴者、難聴者グループはともに背景音のない同一条件の環境で実験を行いました。ノイズのある環境が子音の聞き取りに与える影響についての実験は非常によく行われていますが、残響音が聞き取りに与える影響についての研究はほとんど例がありません。
実験環境について
2つめの実験は最初に行った実験と同じ被験者と、無響室と残響室の実験環境にて行われ、被験者の座る位置も同一の条件で実施されました。テスト素材には、デンマーク語版のCV音節聴取テスト(C:子音/V:母音)が使用されました。被験者は正面のスピーカーから読み上げられる15の子音について、読み上げられた子音すべてについて、タッチスクリーンを使って選択します。読み上げられる一連の子音の再度の聞きなおしや、回答訂正も許されています。
聞き取りのテストは、それぞれ片耳と両耳で行われました。この実験では難聴の被験者は、補聴器を装用なしに実験を行ないました。可聴域(難聴者の聞こえる音の範囲)を確保するために実験1での聞こえ(HINTを用いた実験)と同じになるように、読み上げられる音は増幅されています
2つ目の実験からの主要な考察とは
- 健聴者グループでは、無響室、残響室の双方で全問正解に近い(100%正しく認識)結果となりました。
- 難聴者グループでは、無響室での正解率が約85%、残響室でのテスト結果は80%(正解率が低い)結果となりました。
残響が言葉の聞き取りに与える影響
二つの実験結果の組み合わせにより、言葉の聞き取り認識に対する反響音の影響が説明できます。(SN比率の観点からの)典型的な聴取環境において、健聴者のグループでは、反響音が、聴取環境へ及ぼす影響はほとんどない、またはあったとしてもその影響はわずかなものに過ぎません。
これと比較して、難聴者にとっては、たとえば反響音がなかったとしても既に聞き取りが難しい聞こえの環境に、さらに反響音が加わる場合、聞き取りはひじょうに困難を極めます。このように同じ環境の変化(無響vs.残響がある)であっても、難聴者は健聴者に比較して、言葉の聞き取りにおいて著しく影響を受けることは、実験に参加した被験者の意見とも十分に一致しています。
残響と両耳で聞くことの関連性について
この実験では両耳での実験結果は、片耳での聞き取りに対し優位な結果となりました。反響や残響のある環境での両耳での増幅は、両耳で聞くことによる反響抑制に起因している(Zurek,1979)とされるものの、無響の環境でも両耳聴による増幅効果が得られたことは、両耳で聴くということに関してこれまで知られていなかった事実です。
一連の実験は、音響理解の重要性を示す一方で、聞き取りの難しさに対処し、解決方法を見出すためには、私たちは一人ひとりの聞こえについて聴覚末梢から脳の働きに至るまでの理解が必要なことを示しています。
残響に対処するための補聴器技術
補聴器技術においても反響音は、対処が難しい問題です。指向性マイクは反響音のある環境では効果的といえます。聴覚の専門家の皆様において、もし反響音が顕著な環境で補聴器ユーザーが悩んでいるとするならば、指向性の設定を「フル指向性」に設定した、残響に対処する専門の補聴器プログラムを設定するのも一つの解決策かもしれません。
またオーティコンでは、反響の問題への解決策として、従来の「指向性」に代わる新たな技術革新によって、周囲360度の環境の音のバランスを図り、不要なノイズを取り除いた新たな聞こえを実現する補聴器オープンを皆様のもとへと送り出しています。
引用元について:
- Breitsprecher C (2011). Effects of reverberation on speech intelligibility in normal-hearing and hearing-impaired listeners. Eriksholm research report 2011-27-E
- The Danish hearing in noise test http://orbit.dtu.dk/files/5450172/tIJA%20524254.pdf ,Nielsen and Dau, 2011
- Smeds K, Wolters F, Rung M (2012). Realistic signal-to-noise ratios. International Hearing Aid Research Conference (IHCON), Lake Tahoe, CA, USA, poster presentation.
- SN比とは?: ことばなどの聞くべき音信号の量(S:Signal)と環境騒音などのノイズの量(N:Noise)の比率(SN比)がパーセント(%)で測られます。この指標では、SN比の示す値が高いほど雑音が少なく、低ければノイズ(騒音や雑音)の影響が多いということになります。聞こえについて考えるとき、よけいな騒音をカットすることでSN比を高くすることは、聞こえやすさにつながります。
本件に関するお問い合わせ
- オーティコン補聴器 (川田、渋谷)
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本記事はオーティコン米国によって記載された記事を、一般的な情報提供を目的として意訳、加筆再編成したものです。記事内で行われる実験手法は、弊社が本社を置くデンマークでの基準をもとにしており、同一の名称であっても日本国内での基準と異なる場合があります。本記事のコピーライトは Eriksholm Research Centre並びにOticon に帰属します。本記事内に掲載された名称は、それぞれ各社の商標または登録商標です。また、出典や参照元の情報に関する著作権は、Eriksholm Recerch CentreまたはOticonが指定する執筆者または提供者に帰属します。